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2006年1月31日 (火)

マリアージュについて:サポーターNの間の手

仲人達人さま、ブログ開設おめでとうございます。いつもお世話になっております。サポーターである私N、ちょっと寄ったついでに、与太話を書かせていただきます。

フランスで飲むワインは旨い、イタリアで食べるパスタは美味しい。よく言われるし、自分でもそう実感します。本場だから当然だ、そう言う以上に、あの空気というか、環境や食材の適合性があるのではないかと思います。

ワインと料理の組合せはマリアージュ(結婚)と呼ばれ、最近は特に注目されます。料理にあわせるワインを思いつかないとき、おなじ地方で作られたワインをあわせると、あまりひどい失敗はしにくいことを、ときどき聞きます。

こう考えると、仲人達人さんのお仕事はソムリエさんの仕事に似てますね。独特の個性あるワインを評する言葉がみつからず、あ、こりゃあの女性のイメージみたいだ、なんて、ほくそ笑んでしまいそうです。でも、最上級のワインは、マリアージュが大変です。しょぼい料理はワインに負けて足を引っ張り出しますし、主張しすぎる料理なら喧嘩となります。そういうワインは結局、パンとチーズだけで飲むことになりがちです。

さて、ここで、ワイン通の皆様のために、簡単なクイズです。このエチケット、ワインの銘柄は何でしょう。

Conti

見事わかられた方は、ぜひ一本持って、ブライダル茅ヶ崎へ遊びにおいで下さい。パンとチーズを用意しておきますので、みんなで楽しく飲みましょう。貴重なワインの御提供ありがとうございます。

という、すべりがちな冗談で、ブログ開設記念の御挨拶とさせていただきます。

茅ヶ崎のハワイアンポップスバンド、レンダースの曲をBGMに、またお会いしましょう。

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夕焼けの詩ー2

 彼女との初めてのデートは真鶴へのドライブ。初秋の空は果てしなく青く、134号線を南に向かう車に触れる風は優しく心地よく、空を舞うカモメの群れも、何故か楽しそうに旋回する。「海がお好きなんですか」と覗き込むように聞くから、「瀬戸内海で育ったものだから潮の香りが好きなんです」と言うと、「私は海の見えない所で育ちましたが、今は海が大好きです」と笑顔で語る。12時少し前に真鶴港に到着「ランチにしましょう」と誘うと「はい」と嬉しそうに笑顔で頷く彼女。海鮮料理を何でも「おいしい」と言いながら美味しそうに食べる彼女を見て、大切なことですが食べ物の相性は合うと感じました。

 昼食後、岬の展望台や植物公園を巡り、少しだけ少年のように明るく夢見る心地になりました。車は真鶴駅の裏から、熱海旧道には入り、帰路に向く。曲がりくねった道を辿ると峠の端に「サドル・バック]と言う名の喫茶店があった。シャレた屋外のテーブルから黄昏時の海が広がり、夕空を沈む夕陽ガあかね色に染め、直線上に海に映して燃えている。

 私の人生を一日に例えるなら、生まれた時が朝日、もしも伴侶を連れた幸せな晩年があるなら、あの夕陽のように、燃えて、燃えて、燃え尽きて、静かに沈みたい。・・・・・・

                                        

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2006年1月30日 (月)

結婚物語(夕焼けの詩)

離婚してから7年が過ぎ、その前の別居を重ねると、一人暮らしが12年。鏡に映る自分を見ながら、老いてゆく顔と最近急激に増え続ける白髪に反比例して、少なくなる人生の残り時間を考えると、1日1日が、いや1時間1時間が、いとおしく思えるのだが、それらを満足させる積極的な努力も、勇気も、決断も果たさず、12年間が川の水のように流されるままに流れてしまって、後悔だけが積み重なるように残ってしまった。

 結婚相談所に登録して、最初のお見合いは自分より5歳若い57歳の女性でしたが、実際に会ってみると、写真よりかなり老けていて、落胆して帰って来た。2度目のお見合いの女性は、やれ「家があるの」とか「収入はいくら」とかの現実的な質問ばかりで、夢のような未来が描けないのでお断りした。自信を失いかけて祈るように選んだ3度目の女性は、54歳で九州出身の美人で、憂いに満ちた瞳が魅力的で、女性としての気配りもあり、バランスのとれた容姿も気に入りました。        (つづく)

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2006年1月28日 (土)

スタッフRの小休止 1

こんにちは  スタッフRです。私もブログに参加してみようと思いますので小休止としておつき合い下さい。

 最近『結婚』に対する女性の考え方って変わってきてますよね

こないだ読んだ『結婚の条件』という本。思わず深くうなずいた私。

結婚の条件 Book 結婚の条件

著者:小倉 千加子
販売元:朝日新聞社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

女性が結婚に対してどう考えているのか。具体的なデータもあってなかなかおもしろいんですよ。

仕事柄けっこう勉強にもなるし。

【私は選ばれるのを待っているのではない。自分で選びたいのだ。】

【決して『結婚』がしたいわけではない。『理想の結婚』がしたいだけなのだ。】・・・・私の友人が言っていました。

誰もが理想の結婚を望むのでしょうが、その通り実現できるかというとまた別問題で、結構妥協が必要だったりして・・・・・・。

その狭間で揺れ動いている適齢期と呼ばれる年齢の女性達に私は凄く関心があります。

是非 ご意見を聞かせていただきたいものです。

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『結婚物語』夜のみなとみらい

 5月22日(土)夜7時、桜木町駅から、みなとみらいへ向かって、手を繋いで歩く。5月中旬なのに肌寒いけど、お互いの体温が伝わってきて心地よい。私たちはどこに行くときも手を繋ぐ。人目を全然気にしないで・・・・・・。繋いだ手の温もりの中を駆けめぐる、未来への思いが何よりも大切なのだ。・・・・・・・

 観覧車の光の円が旋回する。暗闇にそびえるコンチネンタル、パンパシフィックホテルやランドマークタワーの光が、夜霧の中で妖しく幻影する。そして海面に映る光が、若者のように躍動する。・・・・・・・

 私たちは赤レンガ内の「モーション・ブルー」で食事をしながら、ジャズを楽しむ。港横浜に甘く切なく、サックスの音色が響き渡り、夜のみなとみらいにクライマックスと別れを告げる。・・・・・・・・・・

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2006年1月27日 (金)

『結婚物語』

M君の父親は彼が小学校4年生の時に急死した。以来、長男のM君の生活環境は変った。母を助け弟の面倒を見ながら高校を卒業するとT社に就職。24歳になった彼は結婚をする条件としてはあまりに良くないことを悟り、当相談室の門を叩き入会、そして良縁に恵まれる日を夢見た。

M君はその男っぽい顔から受けるイメージとは異なり、礼儀正しく、そして細かい気配りをする優しい男性で私のアドバイスに対しても「ハイ」と素直に聞く好感の持てる青年だ。

入会登録後、積極的にお見合い相手の選考をしたがなかなか返事がもらず2ヶ月目にやっと最初のお見合いをしたが断られた。その後、選考幅を広くして再婚の女性に申し込むなど多少あきらめムードになってきたとき、横須賀のK子さんとお見合い。彼の良さをK子さんが発見し順調に交際が進行して約1ヶ月経った頃、彼からこんな報告があった。花火大会に行き「手を握ってもいいですか?」と女性に聞いたところ「どうしてそんなこと聞くの」と言われたというのだ。私が「そんなこと聞くもんじゃないよ!今度キスするときがあっても絶対に聞くなよ」と言うと「ハイ」と素直に聞くM君だった。

婚約が成立し結婚式の式場と日程も決まり、彼から「今後も末永くおつき合いしてほしい」と仲人を頼まれた私は快くOKした。

数日後、母親が挨拶に来て語った「私の口から言うのは変ですが親孝行な息子でして・・・・夫の死後、私は病院に勤めていて 朝食と夕食の支度を多少して出るのですが、帰ってくるといつでも食べられるようになっているんです。」

M君は小学生の頃から今日まで、母親を支えてきた今時珍しい心の優しい孝行息子だったのだ。

5月8日はM君の結婚式・・・・・教会内を賛美歌が流れるとき、純白のウエディングドレスに包まれた花嫁の目から涙がこぼれるシーンがとても印象的であったが、私の背中の方からも母親のすすり泣きが・・・・・。過去の苦労が脳裏をかすめ、その苦労の中で成長してやっと掴んだこの息子の幸せへの安堵の涙であった。・・・・・・賛美歌は二人を祝福し、そして幸せ色に遠くまで響いていく・・・・・・・・この賛美歌の音色こそ二人の心の中で『愛』を育みながら永遠に流れ続けるでしょう・・・・。今まで見守ってくれたお父さん・・・・・・ありがとう・・・・・・聞こえますか・・・・・・。

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2006年1月26日 (木)

少年野球

少年時代の私は病弱だった。

しかし野球を始めてからというもの病気をしなくなり、今日まで健康でいられるのは野球のお陰だと思っている。

そのお返しに21年間少年野球を指導した。Syounenn_1

少年たちの心身の向上や技術の向上を教え、卒業生の中には甲子園で横浜高校が優勝した時のレギュラーN君や専大北上高が甲子園出場時にレギュラーで活躍した3人もいる。

子供達の清純な心と瞳に触れ、熱中した21年間だった。

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2006年1月24日 (火)

三つの夢

Members_1 物心ついたころから私は野球が大好きであり、高校では甲子園出場を夢見て野球部に入り、夢叶い、ついに昭和30年、西中国(今で言えば広島県と山口県)代表として夏の甲子園出場を果たした。私の最初の夢がかなった。

Portrait_1 その頃、我が家の隣に、すごくかわいい女性が引っ越してきた。恋心をいだくようになり、8年間思い続け、できる限りのアプローチを試み、奇跡的なことに、その女性と結婚することができた。夢の2番目がかなったわけである。





_004 そして、3番目。現在、結婚相談所(ブライダル茅ヶ崎)を経営している。これまで、360組のカップルの誕生をお手伝いしてきた。これを、なんとか500組。わたしのライフワーク、目標である。

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